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STORY 01
木村麻美が歩いてきた道と、
NOBLESSE OBLIGEのはじまり
とじひらく — タップしてひらく
わたしは、
御坊市で生まれました。
小さいころ、
姉と一緒に
児童養護施設で暮らしました。
そのあと父のもとへ
戻りましたが、
帰ってこない日が、
何か月も続くことがありました。
父がいない日が続くと、
食べるものにも困りました。
そんなころ、
おばあちゃんがくれた百円玉。
その一枚を、
わたしは今でも覚えています。
そんな毎日の中で、
好きになったものが
ありました。
服です。
「ファッションデザイナーに
なりたい」
中学生のころ、
そんな夢を持ちました。
でも、
好きな服を買うお金は
ありませんでした。
そんなある日、
父が古いミシンを
拾ってきました。
その一台が、
わたしの世界を少し変えました。
父の服をほどいて、
自分が着られる服に
作り変える。
買えなかったから、作った。
それが、
わたしと服とのはじまりでした。
服を作ることは
好きになりました。
でも、
暮らしが楽になった
わけではありません。
高校三年生のころ、
ひとりで暮らしていた家の
水道が止まりました。
水道代を払うお金が
なかったからです。
それでも、
高校を卒業すれば
社会へ出なければなりません。
大阪へ働きに行く日。
持っていたのは、
三万円と、
ほんの少しの荷物。
御坊駅から大阪へ向かう
電車の中で、
ひとりで泣きました。
「次の給料日まで、
どうやって暮らそう」
楽しみより、
不安のほうが
大きな旅立ちでした。
困ったのは、
毎日の暮らしだけでは
ありません。
面接に着ていくスーツも、
成人式に着ていく服も
ありませんでした。
だから、
成人式には行きませんでした。
それでも、
時間は止まりませんでした。
働いて、
生きていくために、
毎日を重ねました。
前へ進むしかありませんでした。
大人になっても、
あのころの記憶は
残っていました。
社会へ出る不安。
ひとりで何とかする心細さ。
大切な日に着る一着さえ、
用意できなかったこと。
そして、
大人になった今、思います。
もしあのころ、
「大丈夫だよ」
「応援しているよ」
そう言ってくれる人が
そばにいてくれたら。
そのとき、気づきました。
あのころの自分が
してほしかったことを、
今度は自分が
できるかもしれない。
これから社会へ出る
若者たちを、応援したい。
人生の節目に届けるスーツも、
そのための一つです。
でも、届けたいのは
服だけではありません。
「ひとりじゃない」と
思えるきっかけを届けたい。
その想いから、
NOBLESSE OBLIGEは
はじまりました。